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札幌地方裁判所 昭和32年(行)9号 判決

原告 石川きく

被告 北海道知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、別紙目録記載の土地につき、被告が買収期日を昭和二十三年七月二日とする昭和二十三年十一月十五日附の買収令書を交付してなした買収処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、

一、別紙目録記載の土地(以下単に本件土地と略称する)は、当時同土地の所在地である北海道斜里郡斜里町字以久科南二十二番地に住所を有していた原告が所有していたものであるが、訴外斜里町農地委員会は、昭和二十三年六月一日、右土地は在村地主の小作地であるとの判断の下に自作農創設特別措置法第三条第一項第三号に該当するものとして買収計画を樹立したので、原告は同月十三日異議申立をしたところ、同農地委員会は昭和二十三年七月二十三日原告の右異議申立を却下した。そこで原告は、同年八月五日北海道農地委員会に訴願を提起したが、同農地委員会は昭和二十四年三月七日附を以て訴願を棄却する旨の裁決をなし、その裁決書は同年七月十八日原告に送付された。被告は前記斜里町農地委員会の計画に基き、買収期日を昭和二十三年七月二日とする同年十一月十五日附買収令書を昭和二十四年八月七日頃原告に交付して本件土地の買収処分をした。

二、然し本件土地に対する右買収処分は次のような瑕疵があり違法である、即ち

(一)  本件土地は自作農創設特別措置法に規定するところの小作地ではない。原告はその長男が昭和十三年に東京の大学に入学し、卒業の時期が昭和十七年九月頃なのでその間自分も東京で生活を共にすることとし、帰郷後は再び自ら耕作する予定で昭和十四年初頃、訴外青木文吉に対し本件土地を期間を三年と定め耕作権の譲渡、期間の更新を認めずに賃貸した。この間地代は物納で郷里にいた原告の父訴外青木芳次の許に届けられていたが、昭和十六年十二月三十一日右期間満了とともに訴外青木文吉は耕作権を放棄したので、右賃貸借契約を解除して原告は直ちに土地の返還を受けた。ところが昭和十七年春頃から訴外江差忠吉が原告に無断で本件土地に立入り耕作を続け、同年秋頃当時東京にいた原告に対し、青木文吉から種薯並びに本件土地上にある家屋とともに本件土地の耕作権を譲受けたから地代をいくら納めたらよいかという通知があつたので原告は驚き、直ちにその耕作方拒絶の通知をしたが、同訴外人は依然として耕作を続け、原告の再三に渉る明渡要求に応じないまま本件買収処分に至つたものである。それ故訴外江差忠吉は買収処分当時本件土地について何等の権限を持たず、本件土地は所謂不法耕作地で小作地ではない。然るに本件土地を右訴外人の小作農地であるとしてなした被告の買収処分は違法である。

(二)  又手続上においても、本件買収令書は、最終的には前記のとおり昭和二十四年八月七日頃原告に交付されたのであるが、北海道農地委員会の訴願裁決前にも数回同じ買収令書が原告に届けられ、原告はその都度これを返還して来ており、この事は買収令書の日附が昭和二十三年十一月十五日となつていることからも容易に推認される。従つて本件買収処分は実質的には訴願裁決前即ち買収計画確定前になされたものであるから違法である。

(三)  仮りに右買収処分が訴願裁決後になされたものであるとしても、買収令書の作成日が、昭和二十三年十一月十五日であつて訴願裁決前に作成されたものであることは明らかであるからかかる買収令書の交付によつてなされた本件買収処分は違法である。

三、以上の瑕疵はいずれも重大且つ明白であつて本件買収処分は実質的にも又形式的にも無効であるからこれが確認を求める為本訴請求に及ぶと陳べた。

(立証省略)

被告指定代理人は、第一次に訴却下の判決を求め、原告は、昭和三十二年十月九日附訴状により被告が別紙目録記載の土地につき買収期日を昭和二十五年十二月二日とする同年十二月二十五日発行の買収令書の交付によりなした買収処分の無効確認を求めたところ、同年十二月十八日附請求の趣旨並びに請求の原因訂正申立書と題する書面により、請求の趣旨を被告が同土地につき買収期日を昭和二十三年七月二日とする同年十一月十五日附の買収令書の交付によりなした買収処分の無効確認並びに原因を訂正する旨述べたが右訂正は実は訴の変更であり、しかも両者の間には請求の基礎の同一性を欠くから不適法なものとして許されない。而して原告が訂正前の請求の趣旨として無効確認を求める如き本件土地の買収処分は存在しないから原告の訴はその対象を欠く不適法のものとして却下せらるべきものである。と述べ

本案について、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中一記載の事実は全部認める。

二の(一)記載の事実中訴外青木文吉が原告から本件土地を昭和十四年から昭和十六年秋迄賃借して耕作していたこと、並びに訴外江差忠吉が昭和十七年春頃から買収に至るまで本件土地を耕作していた事実はいずれも認める。然し本件土地は所謂不法耕作地で小作地でないとの主張は否認しその余の事実は知らない。訴外青木文吉は、原告から本件土地を賃借して耕作していたところ、他町村へ転出の為、昭和十六年秋頃訴外江差忠吉に対し本件土地の小作権及び地上の住宅、種子、馬鈴薯、畜舎を譲渡したのであるが本件土地の小作権譲渡に際しては譲渡人青木文吉の姉青木ケサイが立会し、訴外大渕金平を通じ原告の代理人である夫の石川遂との間に口頭で本件土地の賃貸借契約があらためて締結され、その契約内容は契約期間は三年間とするがその間小作料(年二百五十円)の滞納がなければその後も引続き期間の定めなく賃貸借を継続するといふのであり、訴外江差忠吉は右契約に基き本件土地を耕作して来たもので、買収処分当時本件土地は小作地であつたことは明かである。従て本件買収処分には原告主張の如き違法はない。

二の(二)記載の事実中買収令書の作成日が昭和二十三年十一月十五日であることは認めるが、その余の原告主張事実は全部否認する。被告が買収令書の送付手続をとつたのは昭和二十四年八月五日である。

二の(三)記載の事実中買収令書の作成日並びに訴願裁決日が原告主張日時のとおりであることは認めるが、買収令書の作成は行政庁内部の事務的一段階であつて、この段階のみにおいては外部に対し何等の拘束力を持たず、訴願裁決前に買収令書が作成されても該令書が訴願裁決前に相手方に交付されない限り違法性を生じない。

と陳述した。

(立証省略)

理由

先づ被告の本件訴が不適法であるとの主張について考えるに原告は初め訴状により被告が本件土地につき買収期日を昭和二十五年十二月二日とする同年十二月二十五日発行の買収令書の交付によりなした買収処分の無効確認を求めていたところ昭和三十二年十二月十八日午前十時の本件準備手続期日においてその請求趣旨を被告が本件土地につき買収期日を昭和二十三年七月二日とする同年十一月十五日附買収令書の交付によりなした買収処分の無効確認に訂正し且つその無効事由の追加撤回をなしこれに対し被告が異議を述べていることは本件訴訟の経過に徴し明かである。しかし原告が本件において審判を求める事項(訴訟物)は被告が本件土地につきなした買収処分の無効確認であつて、同一土地につき数個の買収処分が行われる筈はないのであるから買収処分がなされた日附内容の如きは右処分の同一性認識の一基準に過ぎないと解すべく、この点に誤りがある場合にこれを正当なものに訂正することは何ら訴そのものの変更にはならない。又訴訟の経過において従前主張した無効事由を撤回し或は新に無効事由を追加することは攻撃方法の追加撤回にほかならないからこれ亦許さるべきものである。従て被告が原告のなした前記請求趣旨及び原因の訂正を許されざる訴の変更であると解しこれを前提とする本主張は採るに足りない。

そこで本案について判断する。

本件土地が原告の所有であつたこと及び本件土地の買収令書が原告に交付されるまでの経過は当事者間に争がない。原告は本件土地は不法耕作地であるに拘らずこれを訴外江差忠吉の小作地と認定し、自作農創設特別措置法に該当するとしてなした被告の買収処分には重大明白な違法があつて無効であると主張するので先ずこの点について考えてみるに、訴外青木文吉が、原告から本件土地を昭和十四年から昭和十六年秋迄賃借して耕作していたこと、及び訴外江差忠吉が、昭和十七年春頃から買収に至る迄これを耕作していたことは当事者間に争のない事実である。しかして証人今野久寿、同青木文吉、同大渕金平(第一、二回)の各証言、および原告本人尋問の結果(但し後記認定に反する部分を除く)を綜合すると、訴外大渕金平は原告の父石川芳次の小作人として同人の土地を賃借して耕作して来たが、昭和十年頃更に原告から本件土地を賃借し三年位使用していたところ、昭和十四年頃同訴外人の義弟訴外青木文吉からこの土地を自分に作らせてくれと頼まれ、原告の承諾を得て青木に転貸し、それ以後青木がこれを耕作していた。しかるところ昭和十六年秋頃右青木はビート会社に勤め他町村に転出することとなり、この土地を使用することが出来なくなつたので転貸人である大渕に戻したが、大渕も又本件土地を自分で耕作する必要がなかつた為原告に返還することとし、当時原告は東京において直接交渉することが出来なかつたので、原告の夫石川遂に土地を返還すると申し入れた。この申し入れを受けた石川遂は大渕に対し誰れか信用のおける人があればこの土地を貸してもよいというふ意向を示しており、又大渕は訴外江差忠吉から青木が耕作を止めるのであれば自分が耕作したいので、世話してもらいたいと依頼されていたので、両者の仲介をして江差忠吉を連れて石川遂を訪ね、同人に本件土地を江差に賃貸するよう頼み、石川遂もこれを承諾して昭和十六年秋頃江差に対し本件土地を期間は一応三年間と定めるが賃料不払のない限り引続き賃貸することとし賃料は澱粉四十五キロという趣旨の約定で賃貸した。そこで江差は青木から地上の家屋畜舎とともに種子馬鈴薯を譲り受けて本件土地を耕作することになつたものであることが認められ、証人石川遂の証言、並びに原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信することができない。又証人青木文吉の証言により成立が認められる甲第十号証の記載は何ら右認定と矛盾するものでなく他に以上の認定を左右する証拠はない。

右認定の如く江差が本件土地を耕作するようになつたのは原告の夫石川遂との間の契約によるものであり、石川遂はこの土地の所有者でないから同人が右のような賃貸借契約を締結する権限の有無が問題となるけれども石川遂が原告の夫であることは原告本人尋問の結果により認められるところであるから、右契約当時施行の民法(改正前)第八百一条第一項により同人には妻である原告の財産を管理する権限があり、この管理権に基き本件土地の保存、利用改良の各行為をなし得るし、江差えの賃貸は利用行為に当るものとしてその期間を三年と定めて賃貸借契約を結ぶことは、同法第八百二条により妻の承諾を必要とせず単独でなし得るから原告の夫である石川遂が本件土地について江差との間になした賃貸借契約は適法であつて、江差は何ら権原なくして本件土地を耕作していたものであるということはできない。

そうだとすると、江差忠吉は本件土地について、原告の夫石川遂と賃貸借契約を締結し、右契約に基き適法に耕作する権限を有していた者であるから本件土地は自作農創設特別措置法第二条に規定する小作地に該当し、不法耕作地ではない。それ故訴外斜里町農地委員会がこれを小作地と認定し同法第三条第一項第三号により買収計画を樹立し、被告が右計画に基き原告主張の買収令書により買収処分をしたのは適法であり原告のこの点についての主張は理由がない。

次に被告のなした買収処分は訴願裁決前即ち買収計画確定前の処分であるから違法である、との主張について判断するに、本件買収令書の作成日が昭和二十三年十一月十五日であること、右令書が原告に送達されたのが昭和二十四年八月七日頃であることは当事者間に争いがないけれども原告主張の如く訴願裁決前にも数回同じ買収令書が原告に届けられ、原告はこれをその都度返還していたとの事実は全証拠に徴するも認められないし原告が本件土地の買収計画につきなした訴願が昭和二十四年三月七日付を以て棄却となりその裁決書が同年七月十八日原告に送達されたことは当事者間に争がないから本件買収処分が右訴願裁決後になされたことは明かであり単に買収令書の作成日附が訴願裁決前になつておるとの一事により、右買収処分が訴願裁決前になされたものとなすことはできないから原告のこの点についての主張も亦理由がない。更に原告は仮りに本買収処分が訴願裁決後になされたとしても右は訴願裁決前に作成された買収令書によりなされたものであるから違法であると主張するのでこの点について考えてみると、本件買収令書の日附が昭和二十三年十一月十五日であること訴願裁決が昭和二十四年三月七日付でなされ、右裁決書が同年七月十八日頃原告に送達されたものである事実は当事者間に争いがないので、本件買収令書の日附自体は訴願裁決前のものであることが明らかである。ところで、自作農設特別措置法第九条によれば農地の買収は買収令書を当該農地の所有者に交付してなすことを要し、該令書には同条第二項及び同法第六条第五項に掲げる事項を記載する事を要するのであるから、買収処分なる行政行為は右令書の作成並びにその交付を要する要式行為であるとともに又相手方の受領を要する行政行為というべきである。そうすると買収処分にあつて、買収令書の作成という内部的手続の一段階を終えたのみでは行政行為が未だ成立したものとは言えず、右今書が少くとも外部に表示される状態、即ち、該令書の発送若しくは交付という行為を経ることにより成立が認められ、更にこれが土地所有者に到達受領されて始めて完全な効力を生ずるものと考うべきである。それ故本件買収処分に当り、交付された買収令書が昭和二十三年十一月十五日付で作成されたものであるとしてもその作成行為は行政庁の事務処理の段階にすぎず同令書は原告に昭和二十四年八月七日頃送達されておるのであるから、右今書が原告に送達の為外部に表示された時期に始めて成立し、原告に到達した同年八月七日頃に完全な効力を発生したものと解すべきであり、且つ原告が北海道農地委員会に提起した訴願は、昭和二十四年三月七日附で棄却され、同裁決書は同年七月十八日原告に送達されておるのであるから右買収令書による本件買収処分は訴願裁決があつた後に成立し且つ効力を発生したもので右令書の日附の如きは決して右処分の効力に消長を来すのでなく原告のこの点についての主張も亦理由がない。

以上判断した如く原告の本訴請求はいづれも理由がないから棄却することとし訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 浜田治 岡田潤)

(別紙目録省略)

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